昨日のアドカレを今日書いて筆が乗ったのでついでに書く.
正直なところ,文字数自体はかなり稼げそうな予感がしているがアドカレに書くには暗いのでこっそりこっちで書き散らすことにする.

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これを書くに至った経緯として,どうやら前にメインに使っていたインスタンスでprivate投稿をキャプチャもしくは他人がpublic投稿で転載したらしいという騒動があり,まあ他にもトリガーとなった出来事はあったりするんだがその辺は割愛で.

思いつきで書いており,前置きとかこれ以上思いつかないのでとっとと書く.
まずはじめに,ここに書いてあることはあらゆる人物,団体,作品その他に対して批判・同意するものではなく,一個人として先述の件を元に自らのネットの付き合いについて再考しようとするための備忘録に過ぎないということをここに記す.

大前提として,ポジティブな話であれ,ネガティブな話題であれ,一度文字に書き起こして自分以外の誰かに見られた以上はほとんどの場合なかったことにはできない
文字以外でも,ちょっとした発言でも人の耳に入れば同様である.
ましてや誰が見ているかわからないインターネットでだ.

よく政治家とかがポロッと漏らした失言を週刊誌とかにすっぱ抜かれて,謝罪文を書かされたりしているが,和解や許されこそすれど失言をしたことがある,という事実だけいつまでも付いて回る.あれと同じ.
それは本人の意図しないところでも伝搬し,場合によっては将来のキャリアまでにすら影響を及ぼす

だからこそ今のうちにもう一度気をつけておきたい.

ツイッターでは100万回くらいRTされた話なのでこの先もアフ○ブログやNAVERま○めでも見かけると思うが,「今の20代〜30代だけが熱心に匿名文化をやっている特異な世代」みたいな話.
匿名文化の賛否は今は置いておくが,この世代に属する俺にとってハンドルネームを名乗るメリットは「現実世界のしがらみを外れてより多少の本音を書けるから」に尽きる.
(もちろんハンドルネームは完全には匿名でないというのはあらゆる判例が示しているし,また,誰かを特定するのは携帯キャリアやISPの契約情報を持っていない俺達一般人でも可能だということも他ならぬインターネットが幾度となく示してきている.)

それだけに自衛するためのノウハウも自分で身に着けなければいけないとも思っている.
いや,極端なことを言えば誰にも喋らず,インターネットにも書かず,墓まで持っていくのが一番安全な解なのだが,そういうわけには行かないのでリスクマネジメントをしながら発言をする必要がある.

自分に関わる情報とリスクを管理する方法として,「オープン」にするか「クローズド」にするか,2つの方向性があると思っている.
オープンといっても名前だけでなくクレジットカードのPINまでオープンにするとかそういう意味ではなく,「私はこういうものですよ」というふうにある程度素性を明らかにするという意味である.
あらかじめ素性を明らかにしておくことで,いざというときには自分を知っている周りやコミュニティの誰かに助けてもらえるかもしれない.そういうメリットがある.まあ現実世界での人間関係に因るものが大きいだろうが.
一方のクローズドであるが,素性を極力伏せておき,現実世界の自分の身代わりにするというような目的を持つ(俺の場合).何かあった場合には助けを得る可能性が低くなるが,現実側への影響を若干減らせるかもしれない.
まあメリットデメリットでハンドルネームを選択したわけではないので,ここもそんなに重要ではない.

というか,トイレに立ったらこの跡何書こうとしていたか忘れたので適当に書いて終わる.

オープンにしろクローズドにしろ,何を書くかは自分の自由だが,同時にそれらを他人がどう解釈するかは他人の自由でもあるので,責任が持てそうにないなら,そもそも発言としてアウトプットするべきではない.
ましてや,意図したにしろしないにしろ,自分だけが好き勝手発言しておいて,他人には批判するなと文句を言うのは筋が通らない.批判されたくないと内心で思うのは自由だが.それが責任というものでもある.

続きは思い出したらかく.

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